Robert Gligorov - Proiettile, 2006-07
(元記事: proofkiss (bibidebabidebooから))
鍵
元彼に、引っ越すから鍵を返してくれと電話があった。
二年付き合った元彼とは別れてからも連絡を取り合ったり、長電話したりする仲良しであった。
しかし鍵を返してくれと言われて、それは管理会社に返さなければならないから当然のことなのだけれど、哀しさを覚えられずにはいられなかった。
彼の、もうじき手放すその部屋は、私も何度も行った。沢山、までいかなくとも、それなりの思い出が詰まっていた。
長期連休中ずっと居座って、一緒に毎日餃子や鍋を作って、お酒と一緒に食べたこと。そしてぐだぐだと無駄話に花を咲かせたこと。上野まで手を繋いで遊びに行ったこと。色々。
全部が大切な思い出だ。たとえ他の彼氏が今いたとしても、それは捨てては勿体無い大切な、楽しかった思い出なのだ。
鍵を返すことによって、私はうっすらと、もうこの人とは深く付き合うことは出来ないんだろうな、親友のような今の仲のままではいられないんだろうな。と、そんな想像までしてしまった。
鍵というのは単なる物に過ぎないかも知れない。しかし、それは唯一私とその人を繋いでいる何かであったのは間違いない。引っ越す迄は、この鍵で彼の家に突如現れたりすることも可能なのだ。しないけれど。
可能性を絶たれるということ。
それは同時に彼との思い出すらも、もう忘れなければならないような、そんな気がする。
別に引きずっている訳では無い。
二年間のたくさんの思い出。それは数えきれない。私は彼のことが大好きだったから。今は、少し違うけれど。
鍵は早々に封筒に入れて、彼のもとに返そうと思う。
しかしこうして、楽しかったあの日々を、手放す様なそんな気がして、哀しくなる。
思い出は思い出として、封をして、風に飛ばしてしまわなければならないのか。そんな時が来たのだろうか。
そうかもしれない。
忘れろと、いうことなのかもしれない。
でも私は、思い出は思い出だと思う。思い出はその人の生きた証であると思う。だから恋愛とか関係無く、残したいものは心に留めておくべきだと思う。
さようなら、君の鍵。
たくさんの思い出をありがとう。
きっとそれでも、私は貴方との楽しかった沢山のたくさんの思い出を、忘れたりはしない。
(出典: spio)



